Wonder Labo Day2 - 当たり前を疑う

Wonder Labo Day2 – 当たり前を疑う

新年度が始まって早くも20日!早いですね。Wonder Laboも先週末、新年度二回目の授業が終わりました。 前回、自分を再定義した子どもたちが、今度は世界を再定義し始めました。前回の「二つ名作り」(自分の再定義)に続いて今回は、「当たり前を疑え!」がテーマでした。
しかし、けっして「猜疑心の強い人になろう!」ではありません😀。ともすると「そうなっている」「そういうもの」と、疑いもせず受け入れたりスルーしてしまうことを「なぜだろう?」「ホントかな?」と考えてみようということです。 この意義は二つあります。

1.創造性の源泉になる日常の「違和感」

一つは、革新や創造につながる力を高められることです。世の中の多くのヒット商品や革新は、違和感や不満から生まれています。 例えばスマホ。AppleがiPhoneを出す前は、カバンの中に携帯電話、電子手帳、携帯音楽プレイヤーが入っているのが「当たり前」でした。それをいわば「なんか変。一緒にできないの?」と商品化したのがAppleです。

Netflixなどの動画配信サービスが始まる前は、家で映画を観たかったらDVDをTSUTAYAとかでいちいち借りて返していました。人気のものは高いし出払っているし、延滞に注意しないとならない、こういったことは全て「当たり前」でした。

ルールもそうですね。「運動する時は水を飲むな」が当たり前の時代をご知存の方も多いと思います。しかし今では運動する時もこまめに水分を摂ることが推奨されています。

「目的」を知ることで、行動に魂が宿る

当たり前を疑う(「なぜ?」を考える)ことのもう一つの意義は、ちゃんと理由を分かっていることで納得感が上がるとともに、本質を押さえた扱いができるようになることです。例えばお店の人が「いらっしゃいませ」と言うのは「当たり前」ですが、「親近感や歓迎されている印象を与えるのが目的だよな」と理解・納得している店員は「いらっしゃいませ」に気持ちが入りそうです。

ちなみに「いらっしゃいませ」には万引きを防止する効果もあるとか。目を合わせて言われると「顔をちゃんと見られた」と認識されて特に効果がありそうです。疑いの目で凝視しちゃったりしたら「歓迎の意」という意味では逆効果の恐れがあるのでバランスは大事ですが😀。

そういえば、上で触れた「運動する時は水を飲むな」という話の起源として、戦前・戦中の日本で戦地にて水が確保できない状況を想定し少ない水で耐える節水行軍が訓練としておこなわれていたこと、これが戦後の部活動などにも耐久力を養う名目で引き継がれたことを生成AIがあげていました。
そうだとすると目的が違ったわけで、それなりに理由があったとも言えます。しかし現代においては状況が変わって成果を上げたり安全性を確保したりすることが優先され、目的が変わりました。そうすると科学的にも裏付けられているように水を飲む方が良い、となってきます。

というわけで始まった「当たり前を疑え!」。生徒達からどんなものが出てきたか、ご紹介しましょう。

なぜ子どもは早く寝ないといけない?

「なぜ子どもは早く寝ないといけないのか?」そのことへの不満や「大人は遅くまで起きているのに…」という「違和感」をさっそく活かしていると思います。そういう違和感を持てることは「運動する時は水を飲んではいけない」のような理不尽を変えていくのには、まずとっかかりとして大事です。なんとも思わないとか、ちょっと思っても「考えても仕方がない」と盲目的に従っていては変革は起きません。もっとも今回の件については理由があるわけで「成長期には睡眠が特に必要」とデータとともに示されたら、少し納得感が上がるでしょうか。

なぜお金で対価を払うのか?

「なぜお金で対価を払う?」 これについては、出した生徒自身が自分で「なぜ?」を考えて、自分なりの結論を出していました。「毎回物々交換だと、交渉に揉めるし面倒くさい。価値が定まっているものがあったほうが楽。それで作ったのがお金だと思う」ここまで自力で考えられたのは素晴らしいと思います。この説がいわゆるTHE「正解」を当てられているから素晴らしいということではなく、ただ当てずっぽうではない仮説を考えられていることが素晴らしいと思います。

1+1はなぜ2なのか?

「1+1は2なのはなぜ?」 これは難しい。数学の好きな生徒が出してくれました。「数えているのは分かるけど、粘土と粘土を合わせたら2にはならないし、、、」と本人が言っていたのは鋭いですね。英語でよく日本人が混乱する可算名詞/不可算名詞を理解することにもつながるかもしれません。
これについては、みんなでちょっと考えてみた上で生成AIに聞いてみました。良い時代になったと思います。分からないとか調べる時間がないとかで「なんでだろうねー」「そういうもんなんだよ」で済まさず、せっかくの好奇心に応えやすい。

なおその時の説明を忘れたので後で自分のアカウントのGeminiに聞いたところ「この世の真理というよりは、そう決めると便利だから採用しているルール(定義)に過ぎない」と返ってきました。ちょっと違和感を感じたのでChatGPTにも聞いてみたところ「それは半分正しいが半分不十分。説明としては浅い」と返ってきました。ChatGPTがなんかGeminiに対抗意識を持っている?😁 中身の方はここで書くと離脱する人が多くいそうですのでやめます。

50円玉に穴が空いている理由

まだまだあるのですが、あと一つだけ紹介したいと思います。 「50円玉や5円玉に穴が空いているのはなぜ?」

確かに。なぜでしょう?「区別しやすくするため」というのは思いつきそうです。しかしGeminiに聞いてみるとさらに出て来ました(授業中は時間がなかったので授業後です)。その理由は原材料の節約。終戦直後の日本は物資が不足していたので特に切実であったとのこと。なるほどー。
またGeminiは「ではなぜ100円玉や10円玉ではなく50円玉や5円玉だったのか?」という問いかけもしてきました。確かに。これは考えていくとおもしろそうです。

「考えること」がおもしろい、という最強の武器

この他にも 「友だちがいた方が良いと当たり前のように言われるけどそうなの?」とか「なぜ人は娯楽を求めるのか」「なぜ時間は過ぎていくのか」などいろいろ出て来ました。一人でかなりの数を出していた生徒もいて、正直事前に予想していた以上でした。普段はわりとふざけてばかりいる生徒がなかなか哲学的な問いを出していたりもしました。

考えてみると、子どもは大人ほど常識や知識を持っていない分、素直に「なぜ?」という疑問を持ったり、本質的なことに興味を持ったりするのかもしれません。そこで生成AIという強力なパートナーの力も借りながら、みんなと、あるいは一人でそのテーマについて考えてみることは、やりたいことや取り組みたい問いを見つける良いとっっかりになると考えています。

また、彼らがこれから常識や知識を獲得しても、「本当にそうか?」「これは目的にかなっているのか?」「状況は変わっていないか?」と確認する習慣を持ち続けることには大きな意味があります。一つは創造や革新、変革を起こせること。もう一つは、目的に本当に合った行動をできることです。一方で「疑ってばかりいたら身動き取れなくなるのでは?」「周りから浮いてしまうのでは?」といった疑問もあるかと思いますが、これらについてはまた別の機会に触れたいと思います。

次回は、今期の作品テーマである「学校の不思議 – 学校の当たり前を疑え」に入って行きます。実は第2回にもその導入をやっていて、「なぜ男女別に整列するのか?」「なぜ整列移動中は私語禁止なのか?」等々出ていました。ペアで組んでもらって「なぜだと思う?」「どうだったら納得がいく?」と考えてもらいましたが、終始真剣に、しかし楽しそうに話していました。時間になっても「まだやりたい!あと10分やりたい!」という声が上がってこれまたちょっとびっくり。他の生徒達も全く集中力が切れていない感じでした。「考えることっておもしろい」と感じてくれていたのかも、と思っています。

モメンタム・デザイン代表 高橋俊之(たかはし としゆき)