淑徳与野中学・高等学校インタビュー

就活生と同じキャリア教育を中高生が受けると何が起きるか

モメンタム・デザイン代表高橋俊之が2013年から関わり現在は教育顧問を務めている淑徳与野中学・高等学校での活動について伺いました。

高橋俊之の淑徳与野中学・高等学校サポートシリーズ全6回を予定しています。今回は第2回「インパクト体験棚卸し」です。

(インタビューおよび記事執筆: モメンタム・デザイン メディアディレクター 海老原一司

クラス作りにつながるキャリア教育

海老原: 前回は最初「生徒に15年後どうなってほしいか」から考えたと伺いました。このとき先生向けのワークショップを行い、このあとも淑徳与野との関わりは続いていくわけですよね。次はどんなことを行ったのでしょう?
高橋: 未来の反対方向、過去を掘り下げる方向に行きました。笑 キャリア教育の一環として「インパクト体験棚卸し」というのに取り組みました。これは大学でおこなっているもので、自分を作って来た体験(インパクト体験)を振り返り、そこから自分の強み、応援したい人達、社会への想いを抽出します。またこれをグループワークで行います。
海老原: 私も立教大学の講座で大学生向けのインパクト体験棚卸しをやったことがあるので内容は分かります。しかし、過去の人生でインパクトがあったことを引っ張ってきてキャリア教育、自己理解につなげるって中高生には難易度が高そうですね。
高橋: 僕も最初はできるかな?と半信半疑なところもありました。特に中学生は棚卸しできる体験が少なすぎるように思えましたし、体験を解釈する力があるのか、それをグループワークでやれるのか、といった疑問もありました。でも先生方と検討するうちに、できそうだし、やる意味もきっとあるという結論になり、実際にやってみるとなかなか良い成果が得られました。
海老原:どんな成果が得られたんですか?
高橋: まず体験の意義を確認できたことが大きいと思います。しんどい体験も含めてムダではなく、自分を成長させていると分かることですね。一人ではなかなか気付きにくいけれども、友だちと振り返っていると、自分の当たり前が世の中の当たり前じゃなく強みだったり財産だったりすることが分かるんですね。
海老原: なるほど。それは他の子を理解することにもつながりそうですね。
高橋: そう!他の子についても同じように一段深いところが見えて来ます。それが特に中学生には大きいようです。先生方に言わせると、中学生は仲良しグループの中でも表面的な付き合いをしていて、その中でお互いの言動に大きく反応し、一喜一憂しているそうです。不安なんですね。それがインパクト体験棚卸しでお互いに自己開示すると「普段はただ明るいように見えるけど(あるいは黙っていて無愛想なように見えたけど)、こんなことを体験したり感じたりしてきているんだ」とか分かる。すると一段深い関係性に入っていけるのですよね。それがまた安心して自己開示・自己主張するとともに自分とは違う他者を受け入れる方向につながりえます。それはクラスを一段成熟したものにしていく可能性も持っています。
海老原: なるほど。あと先ほど言われた「無駄な体験はない」というのは、しんどい状況でも正面から向かっていく勇気を与えてくれそうですね。
高橋: はい。実際にそのように感想を述べていた生徒もいました。

先生方が楽しそうだったのが決め手?

海老原: いきなり成果の話に行ってしまいましたが、導入はどのように進めて行ったんですか?
高橋: 二つのフェーズに分けました。先生方と設計を進めるフェーズと、プログラムができ上がってから導入を徐々に進めるフェーズです。導入は、最初中学から行うことを決めていたので、設計も中学校の先生方と行いました。それと、実は最初からインパクト体験棚卸しをやると決まっていたわけではないんですよ。
海老原: そうだったんですか?
高橋: キャリア教育をやろうということは決まっていました。とりわけ「自己理解」の部分ですね。「15年後の姿」につなげるには不可欠で、職業研究などは既にありましたが、自己理解の部分はこのレベルではなかったのです。それともう一つ、既存の教育のやり方をいきなり変えるより、新しいものを新しいやり方でやる方がやりやすい、というのもありました。でも、インパクト体験棚卸しについては先ほどお話ししたように「中学生でやれるのかな?」と僕自身が思っていたこともあって、設計プロジェクトが進む中で自己理解のツールの一例として先生方に紹介した程度で、採用するかどうかは先生方にお任せしていたのです。
海老原: それが採用になったんですね。
高橋: はい。先生方に実際に体験していただいた時に楽しそうだったのが決め手だったのかな、と思っています。
海老原: ホントですか。
髙橋: 先生方同士で「そうだったのか!」とお互いについて話していたり、自分自身について「そういえば思い出した! あの体験からこう思うようになったんだ」とか、とにかく楽しそうでした。
海老原: 先生達ってそうなんですか! ちょっと普通のイメージと違いますね。もっとお堅い感じというか。
髙橋: 元々学校として先生方が気さくでお互いの関係性も良いというのはあると思います。もう一つは、管理職の先生もいて見守りつつ、若手の先生方主体で進める人選をされていたことがあると思います。みなさんお忙しい中に月に一度のプロジェクトに取り組まれていたんですが、とても意欲的でした。

過去の成果を活用して進めるたびに活動の厚みを出していく

海老原: 先ほど導入は中学校からと言われてましたが、キャリア教育というと高校の方がフィットする気もします。どうして中学からだったのでしょう?
髙橋: 中学の方が導入しやすかったからです。中学校は人数が一学年120名程度と高校の三分の一以下なのです。また高校だと保護者も進学に直結することを優先して欲しいと考えている傾向があるのですが、中学だと長期的に意味のある教育をやることがより受け入れられやすいのです。やりやすい方からやるのではなく、必要な方からやるべきでは?という声もありそうですが、効果が見込めるのであればやりやすいところから導入して、どういうものなのか目に見えるようにすれば、すぐ理解してもらえて他へもスムーズに展開できると考えていました。
海老原: なるほど。中学生の方が導入しやすいといってもワークショップを120人に対して行うのはなかなか大変ですよね。ここもステップがあるんでしょうか。
高橋: そうですね。まず本格導入の前の年度末に中学3年生6人に協力してもらいパイロット版ワークショップをやりました。これがすごい盛りあがった。盛り上がりすぎて、6人はインパクト体験棚卸しの2次会をやったそうです。笑
海老原: インパクト体験の2次会ですか。その発想はなかった笑 要は、まだ話したりない、もっと話したいとなったわけですね。
高橋: そうですね。続いて2回目のパイロットを行いました。中学1年生の、希望者20人が対象です。このとき第1回パイロットの6人にアシスタントとして入ってもらいました。また、ここまでは僕がファシリテータを務めて、先生方には見ていただきました。
そして新年度になった6月に2年生全員に対して行いました。ここでは、クラス担任の先生方にホームルームで行っていただきました。標準教材はこちらで作ったんですが、先生方それぞれ表現を工夫したり自分の例を使って説明したりされているのに感心しました。
海老原: これはそうすると、3年生の6人パイロット参加者が、次の1年生20人パイロットをサポート。そして2年生の本格導入のときはクラスにパイロット経験者が散らばっている状態ですね。このように、前の成果をつなげて次の効果を高めるようになっていそうですね。これは狙ってやっているわけですよね。
高橋: その通りです。その人たちにリーダーシップを発揮して欲しいと考えていました。実はさらにこのあと、高校1年生に展開して行ったんですが、そのときは、中学3年生のときに最初のパイロットを受けた6人がその学年にいました。
海老原: なるほど。影響ありましたか?
高橋: 400分の6ですから、さすがに小さいかも知れませんね。笑 
海老原: その後も続いているんですか?
高橋: はい。年中行事として組み込まれています。例えば高校生は「山の教室」というオフサイトで行うアクティビティの一つになっています。
海老原: なるほど、モメンタムをデザインしつつ、仕組み化していったんですね。

【参考書籍】リーダーシップ教育のフロンティア 研究編

淑徳与野中学・高等学校のインパクト体験棚卸し事例は「リーダーシップ教育のフロンティア 研究編」第6章により詳細に解説されています。ご興味のあるかたは、こちらの書籍を参照ください。