読書メモは僕はあまり書かないのですが、ちょっと思うところあって少し書いてみます。今回は、「総務部DX課岬ましろ」(須藤憲司著 日本経済新聞出版)です。
突然DX担当に任命された新卒4年目の若手主人公(岬ましろ)が、DX請負人のコンサルタントとともに、老舗洋菓子チェーンを舞台にDX導入を進めるというビジネス小説仕立ての本で、「もしドラ」に少し感じが似ています。
DXについて「でぃー、、何?」という感じだった洋菓子会社の中で岬さんは、コミュニケーション促進のためにチャットツール(Slack? Chatwork?)を導入したり、ツイッターの活用によって顧客とのコミュニティを立ち上げたり、モバイルアプリを利用した新しいサービス提供を始めたりします。
それまでDXからも企画業務からも遠いところにいた岬さんですが、未来に向かって地に足の着いた企画を一歩一歩形にして行きます。
あるあるな壁の打開策を探してく様が参考になる
とても物わかりが良くて人格者でもある上司たち(も)いたりして「フィクションだからうまく行くんだよ」と言いたくなるところもありますが、社内から協力的な反応を得られなかったり、売上が伸び悩んだり、あるあるな壁にぶつかりそのたびに打開策を探していく様は、僕にはけっこう参考になりました。また、
・DXの導入をスムーズに進めたい人はもちろん、
・良い企画を考えたい、またそこにうまく人を巻き込みたい人、
・「部下にもっと自分で考えて動いて欲しい」と思っている人
にも参考になるように思います。ちなみに僕の場合は、問題解決プロジェクトで学生達に良いプランを考えてもらう授業を設計するのに役立ちそうだと思っています。
役立ちそうなポイントはいろいろあるのですが、二つだけ上げると、
・問いの立て方
・ビジョン・ミッションの伝え方
です。
問いの質と具体的アドバイス
岬さんに対してDX請負人がたびたび問いかけをしているのですが、それによって岬さんの考えの焦点が合っていきます。そのために、もちろん問いの質が重要です。また質問を一回で終わらせず、答えに対してさらに質問を投げかけていく様子が参考になります。
なお、問いに関連して興味深いのはDX請負人が問いかけだけでなくアドバイスや指示、それもかなり具体的なものをけっこうしていることです。「請負人」ですから当然といえば当然なのですが「問いかけ(質問)が重要」と言われると、答えめいたことを言ってはいけないような気がしてきませんか?「安易に答えを与えると自分で考えなくなる」と。
しかしこの本を読んでいると、良い具体的な指示・アドバイスは必要だし、それをきっかけに考えるようになることも多そうだな、と感じます。逆に「もっと考えろ」といった抽象的な指示は、よほどガッツのある人でないと効かなさそうです。
情景が目に浮かぶようなビジョン・ミッションを伝える
さて、もう一つの「ビジョン・ミッションの伝え方」も、上の指示・アドバイスのように「具体的」というのがポイントになっています。伝える以前に自分が考える時からそうした方が良さそうです。
例えばこの洋菓子チェーンの使命(ミッション)は「お菓子を通じて人を幸せにする」で、最初岬さんはこれですらうろ覚えだったりするのですが、社内に企画を広めて行くに従って
“店頭でゆっくり選んで購入する”という体験をしたくてもできなくて、諦めている人の存在を思い出したんです。小さい子供がいる親御さん。店内で泣き出して「すみません、すぐ選びますね」と慌てて選んで…(中略)私たちのミッションは、”お菓子を通じて人を幸せにする”です。時間に余裕がある人だけにケーキを提供するんじゃない、時間に余裕がある人も、ない人も…
と、その様子が頭の中で動画になるくらいに話しています。
なぜこういう「情景が目に浮かぶようなビジョン・ミッション」が企画を考えたり、人を巻き込んだり、部下が自分で考えて動き出したりするのに役立つかというと、具体的にどうなったら良いのか、そのために何が必要かを考えやすくなるからです。言い方を変えると、非協力的に見える人たちも指示待ちな人たちも、やる気が問題ではなく、目指す状態の具体的なイメージが湧いていないことの問題なのではないか、ということです。
本の中では、ビジョン・ミッションの具体的なイメージから、問いかけといくつかのアドバイスを活用してかなり具体的な施策に落とし込んで行く様子が描かれています。学生たちにも「どうやって難しいところをクリアし重要なことを実現するのか」をプロジェクトにおいてぜひ考えて欲しいと思っているので、それを引き出す問いかけ作りに参考にさせてもらおうと思っています。
(早稲田大学グローバルエデュケーションセンター 高橋俊之)