町内会は「困った人の取り締まり」はしない

町内会は「困った人の取り締まり」はしない

分かるけど違う気がする

「みんなが困っているのは分かる。でも、それを正すようにその人に町内会長に言うのは、いろいろ違う気がする」

町内会長をやっていると時々、困った状況についての相談が持ちこまれます。例えば最近のある日、こんな相談が持ちこまれました。町内のあるお宅の植木、枝葉が伸びて道路にかなり張りだしている。背の高い車やトラックはそれを避けて中央にはみ出して走るようになっている。特に場所がカーブなので危ないので、何か動いてもらえないか。

実際にその場所を見てみても、確かにそのままではまずいなと思いました。ただ、冒頭に書いたように、この状況を正すように単にその人に町内会長が言うのは、なんか違うな、なんかモヤモヤするなと思いました。

モヤモヤの原因はいくつかあります。素朴なところでは、会長も一介の住民に過ぎないのに、なんでダメ出しをするといったそんな嫌な役回りを?というのがあります。あと、自分であれ誰であれ、「町内会が会員に強制とか指導をする」のは嫌だな、と思いました。枠からはみ出してしまうものを押し込めるとか切りに行く(←植木ではなく比喩的な意味です)こと自体に抵抗があるのと、それを町内会という自主的組織がやるのはなるべく避けたい、ということです。

いい案だと思ったんだけどなあ

でも、「何もしない」と問題は解消されないので、最初に考えたのは、このエリアを担当している交番のお巡りさんに相談することでした。警察は指導する機関でもありますし、特に交通の危険性について言われるのは自然です。そこでお巡りさんに「パトロールで近くを通ったんですが…」と話してくれるようにお願いしました。そのお巡りさんは大きくて頼りになりそう😀なんですが、気さくな感じでもあり対面で話してもらうと良さそう、と思っていました。

ところが、、、少ししてお巡りさんに聞いてみると「おられないんですよねえ」とのこと。いつ訪問しても会えないと。そのお宅の電話番号を町内会としては知っていて、電話すると出られることも多いのですが、本人が警察に出していない電話番号をお知らせするわけにもいきません。また警察はいろいろな手段を持っているので電話番号を調べることもできるかもしれませんが、電話だと印象が変わってしまうだろうなあと思いました。

考える道筋が見えて来た

そこで改めてこちらで考えてみることにしました。その人について、多少、自分は知っていました。けっして周りに気を配らない方ではなく、むしろ町内のこと、たとえばゴミ集積所をきれいに保つことなど進んでやってくださっていたような方です。他にもいろいろ。

そう考えると、植木の枝葉が伸びているのを放ってあることの方がその人らしくないなと感じられてきました。でも事実そうなっている。もしかすると「やらない」のではなく「やれない」のでは?という気がしてきました。その方は、自分よりおそらく高齢です。自分一人で植木の手入れをしようとすると、高さがあったり力が必要だったり、ちょっと厳しいなと思います。業者に頼む手もありますが、ちゃんとやるとけっこう費用がかかる可能性もありますし普段自分でいろいろされているので抵抗があるのかもしれません。

といったことからふと思いました。だったら、手伝えばいいのでは? 交通に支障がなくなる程度までなら、2,3人いれば2時間もかからないでしょう。

またこれは自分のもやもや感を解消するものでもありました。自分にとっては「枠からはみ出している」と町内会が指導して押し込めたり切らせたりするのは違和感がありました。とりわけ「やれない」「難しい」のが実態なら、「困った時の助け合い」として周りが手伝っちゃう方がしっくり来ます。その方が、優しいつながりを育てて行くように思います。

隣同士でそういう関係があるとベストですが、周りも高齢だったりして難しい場合は少し離れていてもいい(自分の家もそんなに遠くないし)。ただ自分一人だとちょっとキツイかなと思ったので、いつもよく話している副会長に相談してみました。

リスクを下げるため1ヶ月待つ?

彼も「確かに、無理だったら手伝うとかの方が、自分でなんとかしろというよりいい」という意見で、一緒にやってもいいと快く言ってくれました。ただ、そうは言っても「植木を切った方が良いのでは」「手伝いますよ」ということにその人がどう反応するかは分からないので、お祭りが終わるまで待った方が良いかもしれない」とも言っていました。そう、お祭りにも協力的な人なのです。

確かに例えばその方がプライドを傷つけられて「お祭りに協力しない」とか万一なっては、ただでさえ人手が厳しいお祭りで辛いな、と思いました。プライドが高い方であろうことも感じていました。なのでいったん「待ちますか」と自分も同意しました。

ただ、家に帰って考えていたら、また考えが変わって来ました。枝葉は相当伸びていて、今は枯れることもないですから一番危ないのです。お祭りが終わるまでというとその時点で1ヶ月近くありました。それを延ばすのか。また、お祭りが終わったタイミングで言うというのも改めて考えてみると「なんだかな」と思いました。「もう大丈夫だ」って透けて見えないか?と。

そこで「その人を信じてみては?」と思い始めました。そんなに知っているわけではないけど、きっと受け止めてくれると。その人もそうだし、人ってそうじゃないかな、と。

この意見を副会長に改めて話したところ、「分かりました。会長にお任せします」とのこと。いよいよご本人に電話してみます。クレームがあったとかは言わずに始めてみました。「ちょっとご相談なんですけど」「はい」「○○さんのところの木の枝が今、だいぶ道路の方に伸びちゃっていって、車の通行に危ないなあと気になっていまして」

これに対してすぐ「私も切らなきゃと思うんだけどいろいろ難しくて、、、」とのこと。難しい理由を話してくれていたんですが、「やっぱり信じて良かった」「やらない、じゃなくて、やれないだったんだ」と思い、話が途切れたところで「手伝いますよ」と申し出ました。

晴れた日の共同作業

結果は快諾。喜んでもらえました。さっそく副会長と日時と段取りを調整。実は町内会館には道具もそろっていて、ハサミ、のこぎり、脚立、注意喚起の赤色パイロンまであります。パイロンは普段はお祭り用ですが。

もしかすると「特定の人に会長とかがそうするのは不公平なんじゃないか?」と思う人もいるかもしれません。また、「町内会が植木の剪定までやっていたら大変過ぎるのでは?」とも。このあたりは後で触れたいと思いますが、一言だけ書いておくと自分としては会長とか町内会というより個人的なお手伝いのつもりでいました。

当日は幸いお天気も良く、でも暑すぎず。仕事柄、脚立での作業に慣れている副会長が枝を切ってくれて、自分はそれを集めて紐で束ねていました、家のご本人はより小さいばらばらしたものを集めてゴミ袋へ。そこそこの量になりましたが、予定通り1時間半くらいですっきりしました。トラックでも上を気にせず通れますし、見通しも良くなって安全になりました。最後は差し入れをいただいて、ちょっとした達成感とともに帰りました。

困っている人と町内会の理想型

この後、「危ないので対応が必要では」と知らせてくださった方も含めて、複数の人からお礼を言われました。副会長も「お礼を言われた」と言っていました。みなさん気になっていたのでしょう。

こういう「誰かの家のことで周りが困っている」ということはこれからもありそうです。理想的には、そういうお宅があったら、良い関係を持っている近所の人が話を聞いて、業者に頼めるならそうしてもらい、無理なら今回のようにボランティアが出動すると良いと思います。それが「つながり」を育てることになるのではと。望ましいのはこれが世代を超えておこなわれることで、若い世代が「自分(の親)も世話になったから」という感じでやってくれて、それがまた引き継がれること。そうやってバトンが渡るようにできたら、と思います。

町内会はそのために必要なものを備えているのかもしれません。道具や情報を持っていたり、繋ぎ役を果たしたり。タイトルで「町内会は『困った人の取り締まり』はしない」と書きましたが、「町内会は『困っている人』を助けられる人とつなぐ」と現実がなると良いのかもしれないなと思いました。

モメンタム・デザイン代表 高橋俊之(たかはし としゆき)