目標を変えたら良い感じになってきた、町内会のお祭り準備〜ビジネスにも通じる?

目標を変えたら良い感じになってきた、町内会のお祭り準備〜ビジネスにも通じる?

今、町内会は祭りの準備たけなわです。今年は特に3年に一度の本祭りで大がかり。いつも以上に多くの町内会が合同でおこないます。まさに、今年最大のプロジェクトとなっています。

お祭りについて全然知らなかったのに、そんなタイミングで町内会長をやることになってしまったわけですが、いろいろな方々に助けられて、まあまあいい感じでここまで来られているのではないかと思っています。

そして自分たちが置かれている状況を考えるとそれは、けっこう「有り難い」(なかなか難しいという意味の方)ことなのでは、とも思っています。そこで、なぜいい感じになっているのかを考えてみることは、地域活動ひいてはビジネスにおける組織運営に役立つかもと思い、言語化を試みてみました。

え、それでなぜお祭りやってるの?

うちの町内は、きちんとした方が多いので住みやすいのですが、町内会会活動は盛んではありません。地元に根付いた方が多い周りの町内会と違って40年位前に開発された住宅地で、企業で働いている人が多いからかもしれません。子ども会も10年位前に「やれる人がいない」ということでなくなりました。

また、お祭りについて熱心かというと、ごく一部の人を除くとそうではありません。お祭りのための寄付はみなさんお付き合いくださるものの、神輿の担ぎ手や手古舞さんなどお祭りの華を募ってもほとんど応募はありません。交通整理や飲食提供などの裏方へのボランティアもごく少数ですし、家の外でお祭りを見物している人も昨年を見る限り少なめでした。近年の夏の暑さを考えると、好きじゃないと無理だよなと思いますが。

そんなことを言っている自分も全く同じで、15年以上住んでいて寄付だけは人並みにはするものの、お祭りに積極的に参加したことは一度もありませんでした。町内会活動も同様です。なのでみなさんの気持ちはよく分かります。

では、そんなに関心がないのになぜお祭りを続けているのかというと、周りの町内会と合同でお祭りをやってきたからだと思います。周りの町内会は地元に根付いて古くからお祭りの文化を持っている人たちが多くいます。そういうエリアを神輿や山車が練り歩く時、うちの町内も通ります。だから一緒にやろうという話になり、町内会ができた当初はこちらにも今よりはお祭りの好きな人も多かったのでしょう。しかし時が経つにつれ、そうでもない人の割合が高まり、若い世代にもお祭り文化は継承されず、今に至ったものと思います。

「逆にそれでよくやれているね」とも思いますが、まじめで責任感もある方が多い町内なので、役員・班長さんはしっかりやってくださり、一部の積極的な人たちがリードする中でなんとか今もやっているのだと思います。しかし負荷は非常に大きいので当番の時以外は関わりたくないというのが近年の状況だと思います。

ちょっと楽しくなってきた?

そんな感じなので、大変だし、時間も取られるし(お祭り前の1ヶ月は毎週のようにミーティング)、ギスギスしても不思議はありません。ただ、つい先日、当日まであと2週間というところでミーティングをおこなった際は、みなさんけっこう楽しそうに、また活発に話をしていました。

話していたのは20名程度の役員・班長さんたち。最初に全体的なことを話したら、交通係と、飲食用意のチームに分かれてそれぞれのチームで話を進めてもらい、僕は時々それぞれのチームの様子を見に行くものの、議論自体には入っていませんでした。だいたいは副会長、実行委員長と、他のところについて話していました。

それでも「楽しそうかつ活発」と思ったのは、次のポイントにおいてでした。
・話す人がそこそこ多い
・つらそうな顔の人がいない
・話が進んでいる

逆に避けたかったのは、
・ごく一部の声の大きい人だけが話している
・感情的な対立が起きてしまっている
・全員が一定以上の貢献を求められて辛そうな人がいる
・逆に対立や過負荷を避けようとして話が進まない
といったこと。でも、見る限りはその心配はなさそうでした。

飲食提供チームはあちこちで同時多発的に話がおこなわれていて、正直「これで話がまとまるのか?」と思いましたが、とにかく活発。しばらくすると自然発生的にリーダーになった人がやってきて「こんな感じで行こうとなってきているけど、どう?」とちゃんと話がまとまっていて、感心しました(なぜあれでまとまるのかはいまだに僕には不明笑)。

交通整理チームは対照的に静かに話し合いがおこなわれていました。高齢の方が「自分もこのくらいやろうと思う」というのに対して、他のメンバーが「いやいや暑いから無理しない方がいいですよ」と気遣い、あまり歩かないですむところを担当していただくように調整していました。

ここで興味が湧いたのは、どうしてこのようになってきたのかということです。元々まじめで礼儀正しい方々が多い、というはありますが、それでもこれまでのお祭りや町内会の話を聞くと、先に「避けたかった」と書いたようなことが起きてしまって今も尾を引いているようなことを時々聞きます。それは誰かが悪いというより、起きがちなことだと思います。そこで、生成AI (Gemini)とやりとりしながらここまではうまく行っている要因を言語化してみました。

良い雰囲気につながった3つの要因仮説

仮説1:お祭りのゴールを再定義したことが効いた

生成AI(Gemini)はまず「お祭りを成功させること」をゴールにしなかったのが良かったのでは?と言ってきました。これは確かに当たっているなと思います。前述のようにお祭り自体にはさほど関心がなく「役割だから」とやっている人たちも多いわけです。ならばお祭りは目的というより手段に位置づけた方が良いのではないかと考え、しばらく前から「一緒にやり遂げることが『つながり』を育てるから、それが暮らしやすい町をつくるから、そちらを目標にしましょう」と言っています。より分かりやすくは「ここのみんなが楽しくやりとげられることが目標」とも。それにより「楽しく」とか「つながる」ことが意識される一方で「やらなければ」という肩の力が抜けているのでは、ということです。

仮説2:効率より対話を重視したことが効いた

上のように「つながり」、それも良いつながりを重視すると、プロジェクトの進め方も変わって来ます。リーダーが原案を提示して他の人はそれに意見を述べ、基本的には従った方が効率は良いかも知れませんが、あえてそうしませんでした。「こういう条件を満たす必要があります」とだけ出して話し合ってもらいました。またともすると古くからのやり方を知っている人の一声で決まってしまうので、状況が変わってきている部分、例えば「暑さ対策で行程が変わっている」とか「町内会の負担を下げるため予算制限がある」といった部分を強調して話し合ってもらいました。

これにより、話し合いの時間は少し長くなっていると思います。ある意味「効率」が悪くなっているわけです。でも、目的「つながりを育てる」「楽しむ」に照らして考えると、それでいいんじゃないかと思います。伝統を知っている人たちはそれを出し、新しいアイディアを出せる人はそれを出す。正解は用意されていなくて、何が目的にベストかで話し合って行く。その時間が大事なんだと思います。

仮説3:「できない」は問題ない、と繰り返す

介護や育児、本人の体調などで中には他の人同等にやれないとか、無理をしてしまう人もいます。また「あの人はさぼっている」と厳しい声が出ることもよくあるでしょう。それを避けるため「事情がある場合は無理をしないで、それぞれやれることをやりましょう」と何度も言って来ました。年度初めの自己紹介でも「得意なこと、苦手なこと」の中でそういうことを言えるようにしていました。「自分も障害児を抱えている時は無理だった」と話したりしていました。

そんなことからか、当日参加できない人も寄付集めでがんばってくれたり、「なんかやれることないですか?」と申し出てくれて買い出しを頼むことになったりしました。そういう人に「仕事が終わったら打ち上げだけでも来てくださいよ」と声をかける人もいました。実は僕は「優しい」をキーワードにすることを町内会長を引き受ける条件の一つにしていました。それはずっと効いているように思います。

町内会での学びはこれからのビジネスにも通じる

ここまでのことを読んで、地域の場合は「つながり」のような地域の状態自体が第一目標になりうるけど、ビジネスでは成果重視だから少し違うかもなあと思った人がいるかもしれません。確かにそういう面はあります。

でも、実はビジネスにおいてもこれからは、今まで以上につながりであるとか個人がイキイキしているといった「状態目標」が大事になりうると思っています。個人がそういうことを重視するようになっているから、そして良い状態が長期的には良い成果につながるからです。なのでもしかすると、上のような町内会運営の考え方がビジネスにも当てはまるかもしれませんね。

モメンタム・デザイン代表 高橋俊之(たかはし としゆき)