「学校の当たり前」を疑う。ルールに従う子が見せた創造性--Wonder Labo授業から

「学校の当たり前」を疑う。ルールに従う子が見せた創造性–Wonder Labo授業から

前回の授業の「当たり前を疑ってみよう」を学校に向けてみた今回のWonder Labo。 そこには、大人の想像を遥かに超えて、深く、鋭く、そして誠実に「世の中の仕組み」と向き合う子供たちの姿がありました。

3分間では足りなかった「静寂」

前回同様、まずは各自で「ちょっと違和感のある当たり前」を探したのですが、前回の授業の様子を踏まえて、今回、ちょっと変えたことがありました。その代表が「サイレントタイム」です。 前回、口に出しながら考える生徒たちの話を思わず聞いてしまってじっくり考えにくそうな様子が一部の生徒に見られたためやってみた試みでした。

しかし、驚いたのはその没入度です。沈黙の3分間。子供たちは驚くほど集中してPCに向かってタイプしていて「3分じゃ足りない!」という声が上がるほどでした。

そう言うと「もともとそういうのが得意な子たちが集まっているのでは?」と思われるかもしれません。確かにそういう生徒も一部にいると思いますが、そうでない生徒もいます。特に「まじめだけど自分の考えを出すのは苦手」という子はこういう時に困ってしまいがちです。

しかし、実はそういう子も自分の考えや感覚を持っていないわけではありません。大人の用意している正解を言うべきだと学習してきたから自分の考えを押し殺す癖がついてしまっているだけ、押し殺しているうちにどこにしまったかも忘れてしまっているだけです。

そこで毎回の授業には「リハビリ」を組み込んでいます。4月初回におこなった「二つ名」づくりのワークで、AIが出した二つ名から気に入ったものを「選ぶ」ようにしたのもその一つでした。ゼロから考えるより、選択肢から選ぶ方がやりやすい一方で自分の意思がそこにあります。
 今回は「じゃあ、学校の不思議を出してみて」といきなり丸投げするのではなく、あらかじめ「授業系」「部活系」「身だしなみ系」といったカテゴリーのテンプレート(思考の踏み台)を用意していました。枠があると人は考えやすくなります。

「規則に従うのが当たり前だと思っていた」

今回の授業で、次のようなとても印象的なことがありました。

ある生徒は「小論文は正解がないから苦手」というほど、ルールや正解に忠実であろうとするタイプです。そんな彼がこの「学校の当たり前」を疑うワークで、いくつもの鋭い意見を出していました。

彼は授業最後の振り返りに次のような感想を書いていました。

「自分は規則に従ってばかりで、今まで疑問を抱いたことが無かったので、年下の人たちの意見が参考になった」

人は大人になるほど常識に縛られるようになります。逆に言えば小学生は中学生ほど縛られていないことがあります。その年下の生徒達の意見を真摯に受け止め、枠組みを参考に考え始めたら、いくつも例が頭に浮かんできたよう。これはじっくり型でまじめなタイプによく見られることです。まじめにかつじっくり物事を見て取り組んでいるだけに、やり方を掴んでくると、芯を食った考えが次々に出て来るのです。この日はサイレントタイムと共有を3回繰り返したからか、他のじっくり型でまじめなタイプの生徒も似た様子を示していました。

「カンニング禁止」は疑うべき当たり前?

ある生徒は「カンニング禁止」をあげていました。彼はいろいろ試しに上げてみただけだったのかそれを発表はしなかったのですが、これは実は興味深い例なので、少し授業内で取り上げました。

「カンニングはズルだし不正行為だから守るべき当たり前で疑うべきものではない、と思うかもね。ただ確かに学校のテストは個人戦だからカンニングはズルでダメだとなるかもしれない。でも社会に出たら『人の力を借りる』『何かを参照する』のが普通で、むしろ一人で抱え込んで良いものを作れない方が問題なんだよね。そう考えると、学校のテストのあり方の方が特殊なのかもしれないね」

実は教育にはそういう「当たり前」がたくさんあります。

社会の前進に「いっちょかみ」できる人になっていこう

もちろん、私たちがこの授業を通じて生徒達に学んで欲しいのは、単にルールに不満を言いまくることではありません。

大事なのはまず、ルールや世の中のあり方について、「変えられないから適応するもの」という見方から、「常に見直して変えられるもの」という見方に徐々に変わっていくことです。

その上で「自分はどうありたいのか」「社会にはどうあって欲しいのか」を考え始めること。自分と社会のビジョンを考えていくということですね。

ルールを盲目的に守るのではなく、かといって何でも否定するわけでもない。「そのルールは、ビジョンに照らして目的を果たしているか?」 「ビジョンや時代に合わなくなっているなら、どう変えればいいか?」と考えていく。仲間とともに。

それこそがAI時代に人間に求められ、人間にしかできない役割です。そしてより良い方向に社会を動かしていく営みに自ら「いっちょかみ」していくことは、とてもワクワクする楽しいことなのだと知ってほしいと思っています。

次回:なぜそうなっているのか?未知の海へ

次回は、今回掘り起こした「違和感のある当たり前」についていったん、「なぜそうなっているのか?」を考えます。「なぜ、他クラスの教室に入ってはいけないのか?」「なぜ、給食のおかわりはダメなのか?」「なぜ制服の時の靴下は白、黒、紺だけなのか?」 まずは自分たちでその理由を推測し、仮説を立ててから、生成AIに問いをぶつけます。そこに彼らの知らない世界が見えてくるかも知れません。

モメンタム・デザイン代表 高橋俊之(たかはし としゆき)